MASTERPIECE IN DAILY LIFE

1927年にイタリアで創業し、モダンデザインの代名詞となる家具を数多く創造してきたカッシーナ。
中でも往年の巨匠たちによる歴史的名作を集めたのが「イ・マエストリ・コレクション」です。
時代を超えて愛されるデザインは、その背景に豊かな思想や物語があります。
日常の空間にあることでいっそう輝きを増す、そんなマスターピースをご紹介します。

vol.5501 GÖTEBORG,1ヨーテボリ,1 チェア
DESIGN : ERIK GUNNAR ASPLUND

501 GOTEBORG,1 ヨーテボリ,1 チェア

北欧モダニズムの原点の静けさと深み

エリック・グンナール・アスプルンドは、近代建築の巨匠とされるル・コルビュジエやミース・ファン・デル・ローエと同じ1880年代後半生まれの建築家だ。ただし彼が生まれ育ったのは、スウェーデンの首都ストックホルム。20世紀に入ってヨーロッパ中心部の国々を席巻したモダニズムのムーブメントは、北欧では比較的ゆっくりと受容されていった。当時のアスプルンドは、その新しい建築の潮流を、北欧の人々の伝統的な生活観と融合させる牽引役として重要な地位を担う。彼の若い友人で、一時はアスプルンドのもとで働くことを望んだフィンランド人建築家のアルヴァ・アアルトは、その功績を「彼は将来の糸と過去の糸を結ぼうとした」と評している。

ERIK GUNNAR ASPLUND エリック・グンナール・アスプルンド
Göteborg Law Courts

そんな立ち位置を象徴する建築のひとつに、スウェーデン第2の都市ヨーテボリで1937年にアスプルンドが完成させた裁判所がある。これは17世紀に建てられた市庁舎の増築であり、古典様式の建物にどのような建築を付け加えるかが大きなテーマになった。プロジェクトが始まった当初、彼は市庁舎とほぼ同じ姿の別棟を建てる案を発表している。しかし時間をかけて修正を重ね、古典様式の面影を残しながらも整然とした、モダニズム色の濃いファサードを最終的に完成させた。さらに内部は、吹き抜けのホールをトップライトがほどよい自然光で満たし、木と曲線を多用した空間が優しさを感じさせる、モダンな心地よさにあふれたものになっている。裁判所でありながら重厚な雰囲気はなく、落ち着きと洗練があり、かすかに荘厳さを漂わせる。

「ヨーテボリ,1」は、アスプルンドがこの建物のためにデザインしたという椅子。この空間では数種類の椅子が使われているが、いずれも光や風が通り抜ける軽やかな構造をしている。ただし「ヨーテボリ,1」は、椅子としてはオーソドックスな木やレザーなどの素材を目に見えるように用いた。背もたれ部分はフレームをポリウレタンフォームで包み、レザーを張っているため適度なクッション性がそなわっている。こうした素材使いや、後脚から背もたれの優美な曲線は、幾何学造形にとらわれなかったアスプルンドの作風を反映しているようだ。この一脚の中にも、モダンさと古典的な美意識が静かに息づいている。

501 GOTEBORG,1 ヨーテボリ,1 チェア

スウェーデンには、ヨーテボリの裁判所のほかにも、ストックホルムの墓地や市立図書館などアスプルンドの名建築が今も残る。一連の建築は、それぞれに時代性や地域性の折衷に終わらず、よりスケールの大きなビジョンを感じさせるところが興味深い。彼の作風は、近代建築を彩った数々の巨匠に比べると控えめだが、人間的な視点に裏づけられた深遠さと清澄さがある。それは現在まで発展してきた北欧のモダンデザインの基調であり続けている。

501 GOTEBORG,1 ヨーテボリ,1 チェア