青山本店2階のアートギャラリー「DELL'ARTE(デラルテ)」では、「揺籃(ようらん)の時間」と題した企画展を開催いたします。お部屋で過ごす時間が長くなり、心地よい眠りにつくことはますます大事なものになりました。ゆりかごに揺られるような眠りのなかでこそ、私たちは自らを見つめなおし、自らを癒し、きたるべき目覚めを待ち望むことができるからです。ベッドルームのしつらえや香りを整えることは、そんな心地よい夢の準備を楽しむ営為といえるでしょう。本企画展では、そんな夢と現実のあわいに見る景色や、たゆたうような夢の時間を感じさせる作品を揃えます。
企画展「揺籃の時間」
会期:2021年6月3日(木) - 7月27日(火)
開催店舗:青山本店2階 アートギャラリー DELL’ARTE(デラルテ)
展示作家:ブリジット・ライリー、アレクサンダー・デュラセヴィック、ジョシュ・ミュラー、ラルフ・ペータース、
大橋 泰、見崎彰広、阿部未奈子、浮須 恵、新實広記、馬場俊光、西村優子 ほか
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作品リスト
ブリジット・ライリー
幾何学的なパターンで錯覚を起こし、幻惑的な効果を持たせるアートを「オプ・アート」と呼びます。ライリーはこのトレンドを代表するイギリス人作家であり、そのなめらかに波打つ画面は、私たちに不思議な揺らぎの錯覚をもたらします。いつも過ごす部屋が、まるでやさしい動きをくりかえすゆりかごのように感じられてくることでしょう。その揺らぎのなかでこそ私たちは、日常を忘れ、自らを振り返る時間を持つことが出来るのかもしれません。
アレキサンダー・デュラセヴィック
光と闇、あるいは光のスペクトラムを主題として描くニューヨーク在住の作家です。その作品はウフィツィ美術館、ブルックリン美術館、ニューヨークのメトロポリタン美術館の常設作品としてコレクションされています。わずかな光の中で、おぼろげなオブジェクトがたたずむ様は、人間の視覚の曖昧さを想起させます。ふと薄目を開けて見る寝室の薄暗がりが、現実なのか、それともまだ夢の続きなのかと判然としない。そんな夜のまどろみの時間が流れているような作品です。
ジョシュ・ミュラー
ウィーンを拠点に活動する写真家です。この作品では吹雪のなかを歩く人影が捉えられていますが、これは紙によって製作された、いわば虚構の一群です。作られた風景であるからこそ、すべてを覆いつくす吹雪の寂寞さが際立ちます。すべてフィクションであるはずの夢を見ているとき、私たちはそれを現実よりもリアルな体験として感じることがあります。構築された虚構こそが、現実のある一面を完全に表現できてしまう。そんな夢や作り物だけが持つ作用を感じさせてくれる作品です。
ラルフ・ペーターズ
ドイツを中心に活動する写真家です。日常の風景写真を加工・合成し、視覚的な実験を試みています。夜空の下方に輝く街やオブジェを配し、大部分を闇が占める構成は、現実とも夢ともつかない景色を生み出しています。夜の底で都市が眠りにつく眺望であることにとどまらず、眠りの奥底に広がる夢の伽藍のようにも見えてくることでしょう。
大橋 泰 おおはし ゆたか
戦後のニューヨークに住み、抽象表現運動の影響の中にありながらも、日本の伝統美術表現を模索した作家の一人です。作品はグッゲンハイム美術館、ボストン美術館、東京国立近代美術館などに収蔵されています。星雲や宇宙といったモチーフの作品を多く制作しており、静かながらも広がりを感じさせる画面は、夢でしか到達することのできない宇宙の果てを感じさせてくれます。
見崎 彰広 みさき あきひろ
東京出身、東京芸術大学卒業後にリトグラフの制作を開始。リトグラフならではの柔らかい光で画面を構成します。そのモノクロームの光の集積は、宇宙の果てのように、あるいは意味を忘れられてしまった記号のようにも受け取れます。私たちは眠りのさなか、自分のなかに沈む無数の記憶の断片と向き合い、それを整えているそうです。夢の中で忘れ去った思い出のかけらを目にするとき、それはこのような寡黙で静謐な光の点滅として姿を現すことでしょう。
阿部 未奈子 あべ みなこ
風景写真を加工することで、既にある風景を匿名の景色へと変換します。私たちが風景を想起するとき、必ずしも明確な輪郭をともなうとは限りません。遠い記憶であるほど、おぼろげな印象としてそこにあった気配の流れを思い出すにすぎないでしょう。ローラーを用いて均一な塗りを施された景色のなかで、色や光はところどころで不思議な屈折を見せ、私たちを幻惑します。その様子は、思い出そうとしても像を結ぼうとしない夢の光景そのものと言えそうです。
浮須 恵 うきす めぐみ
東京出身、日本大学芸術学部美術学科卒業後に渡米、帰国後に学んだリトグラフですべての作品を制作。リトグラフによってうまれる色彩の透明感と輪郭線のかすれは、単なる風景や事物をまったく新しい光景として提示します。その柔らかな光は、私たちが眠りのために閉じた瞼に明滅する、いくつもの光や色を思わせます。画面を塗りつぶす絵具では表現できない、リトグラフの透き通った色彩のあり方は、はかない輪郭をまとう夢の風景と成り立ちが似ているのかもしれません。
新實 広記 にいみ ひろき
愛知県出身、愛知教育大学大学院にて芸術教育を専攻し、修士課程修了後に主にガラスを用いた彫刻作品に取り組む。ガラスという素材は、古来より人の目を引き付けてきました。ガラスの存在を通してこそ、私たちは光がそこに存在することを確認できるからかもしれません。光が透過し、あるいは反射・屈折することで生まれる浮遊感は、ガラス彫刻のみが付与された特権と言えます。そんな浮遊するような、たゆたうような光をまとう一艘の船は、現実から夢の世界へと航行しているかのように見えてきます。
馬場 俊光 ばば としみつ
長野県出身、多摩美術大学大学院修了。匿名の風景を、単色で描く作風が特徴です。淡いグラデーションの眺望は、眠りながら夢で見る風景にも似ています。私たちは夢のなかで、これまでに目にした景色を重ね、自分だけのかけがえのない情景として眺めているのでしょう。夢を見ることで帰還できる場所がある、そんな思いを抱かせてくれる作品です。
西村 優子 にしむら ゆうこ
日本大学芸術学部卒業、筑波大学大学院修士課程修了。紙を折ることによって作られた幾何学的な形状は、私たちに不思議な揺らぎの感覚を与えます。しかし同時に、折られた紙にこそ生じる柔らかな陰影の存在は、紙という素材の優しさと、折った作家自身の手の気配を想起させます。無限に連続するパターンを生成しながらも、人の手ざわりが介在した痕跡を伝えうるのは、紙を折って作られた作品ならではの魅力であると気付かされます。
櫻井 美智子 さくらい みちこ
神奈川県出身、武蔵野美術大学造形学部油絵科卒業。綿キャンバスを支持体とした、鮮やかな色彩の作品が特徴。楕円形の本作品は2つの焦点を有するためか、私たちの目線は1点に定まることなく、キャンバスのなかを揺れるように行き来することとなります。さらに画面を自在に走る筆触のリズムは、私たちの視点をいっそうの揺らぎへと導き、心地よい幻惑を起こすことでしょう。
山本 容子 やまもと ようこ
銅版画家として、数多くの広告制作物にも作品を提供しています。本作品は題名「揺籠の歌」のとおり、揺りかごに揺られる子供たちが描かれています。遠い記憶をたどりながら、今夜のベッドルームを自分にとって最良の揺りかごとして整えていくこと。それこそがいま、私たちに許された「揺籃の時間」の楽しみ方なのかもしれません。