WEB MAGAZINE2026.3

パーク ハイアット 東京 名作が息づく場所を、未来へつなぐデザイン

パーク ハイアット 東京は、新宿パークタワーの39〜52階に位置する、1994年開業のアジア初のパーク ハイアットです。丹下健三氏が設計した建築を背景に、開業時のインテリアを手がけたジョン・モーフォード氏の美意識のもと、東京の眺望と邸宅のような静けさを併せ持つホテルとして、その存在感を築いてきました。

2024年より全館を対象とした大規模な改修が行われ、2025年12月にリニューアルオープン。設備や動線、素材の見直しを通じて、滞在体験は現代に即したかたちへと更新されています。一方で、館内の象徴的な空間であるニューヨークグリルは、その完成度と積み重ねられてきた時間を尊重し、意図的に大きな改変を加えずに受け継がれました。

“変えるべきところと、残すべきところ。”

刷新と継承、その判断の積み重ねが、パーク ハイアット 東京というホテルの現在地を静かに描き出しています。

本稿では、今回のリニューアルを手がけた建築家 パトリック・ジュアン 氏と、カッシーナ・イクスシーのアレッシオ・ジャコメルの対話を手がかりに、このホテルが選び取ったデザインのあり方——過去を壊すことなく、未来へとつないでいくための思考と実践——を紐解いていきます。

#1

アイコンへの回帰

アレッシオ:パトリック、ニューヨークグリルが再びオープンする光景は、まるで夢のようです。すべてが懐かしいのに、新しい命が宿っている。記憶そのものをリノベーションしたような感覚ですね。長い旅路を経てここに戻ってきた今、どんな気持ちですか?

パトリック:ありがとうございます。正直、ほっとしていますし、とても嬉しいです。この改装は長いプロセスでしたし、こうした建物ではオーナー、ホテルのチーム、日本全体からプレッシャーがかかります。

アレッシオ:日本人でなくても、この場所に足を踏み入れた瞬間に責任の重さを感じますよね。ここは象徴的な建物で、プロポーズやビジネスの取引、恋愛の物語など、多くの人々の数え切れない思い出が詰まっています。私は東京とこのホテルを20年以上知っていますが、パーク ハイアット 東京は本当に特別な存在です。閉館していた間、街から何かが失われたように感じました。だから再びオープンするのを見ると、とても感動的です。

パトリック:まさにその理由で、最初から「過去と融合するプロジェクト」を求められました。フランスやイタリアではこれは普通のことです。歴史に囲まれているのですから。私は今、800年以上の歴史を持つルーヴルで仕事をしています。パーク ハイアット 東京は「たった」30年ですが、すでにアイコニックな存在です。そして、一度アイコンになったものは、単純に変えることはできません。

#2

映画をリメイクするように

アレッシオ:以前別のインタビューで、このプロジェクトを「映画のリメイク」に例えていましたよね。その比喩がとても印象的でした。今回はそれをどう再解釈したのですか?

パトリック:もともとこの空間は、非常に厳格で理知的なモダニズムの設計でした。そこで私たちは、触れる心地よさや快適さ、そして官能的な要素を取り入れることを目指しました。よりシックで洗練され、しなやかに流れるような空間にしたかったのです。 そのために、曲線や柔らかさを加え、身体で感じられる要素を取り戻しました。以前は“頭で考える空間”でしたが、今回は“体で感じる空間”へと進化させたのです。
アレッシオ:面白いですね。今ここに座ると、体が自然とリラックスします。

パトリック:その通りです。私にとって、心と体の間に境界はありません。私のアプローチは現象学的で、すべての感覚が関与します。体が快適だと、景色の楽しみ方も変わりますよね。コーヒーを飲みに来たのに、突然シャンパンを頼みたくなるかもしれません。この圧倒的な高さと東京の眺めが一体になることで、空間は単なる景色を超え、深い思索を誘う特別な場所になります。

アレッシオ:この場所が私を魅了する理由の一つとして、映画「ロスト・イン・トランスレーション」があります。
この映画はあなたの考え方に影響を与えましたか?

パトリック:ある意味では、そうですね。—ただし、多くの人が想像する形とは少し違うかもしれません。というのも、この映画は実のところ、ホテルに対する批評でもあるからです。ソフィア・コッポラはこの場所を、外国人にとっての「孤独の場」として捉えていました。日本の中にある、現代的で冷たい“泡”のような空間だと。私たちは改修や変更を加えるのではなく、ニューヨークグリル本来の魅力を称えることに重点を置きました。つまり、その空間が持っていた本来の明晰さと強さを、再び感じられるようにしたのです。

パトリック:ニューヨークグリルはまさに「王冠の宝石」です。日本で最も人気のあるレストランの一つであり、20年経った今でも、そのクールさは健在です。

#3

柔らかさと原則の間で

アレッシオ:このプロジェクトでは、どういうプレゼンテーションを行ったのですか?

パトリック:私たちが提案したのは、ある種の「フランスらしさ」でした。より官能性を、そして少しだけラグジュアリーを。私は、美しさや歓び、装飾を恐れません。そうしたものを“原則への裏切り”と捉えるデザイナーもいますが、私は硬直した原則そのものをあまり信じていないのです。

アレッシオ:オリジナルの精神を多く残すことになったのは、どういう経緯ですか?

パトリック:オーナーとの話し合いです。そこにあったものを尊重することは、デザインそのものを尊重することだと考えています。

アレッシオ:まったく同感です。リデザインされたことで、元々あった個性や記憶、雰囲気が薄れてしまうことが多い。でもここには、それが残っている。それは本当に特別なことです。

#4

時代を超えて、心を動かす、
カッシーナの影響力

パトリック:ニューヨークグリルのリニューアルにおいて、私がとくに大切にしているディテールのひとつが、CABチェアです。今もなお色褪せない魅力を放つこの製品は、まさに時代を超えるデザインと卓越した品質の証であり、カッシーナの理念そのものです。

▲光あふれる窓辺とヴァレリオ・アダミ作品に囲まれ、CABアームレスチェアが佇むニューヨークグリル
▲折り目正しいテーブルセッティングの横に、凛と佇むCABチェア
▲ニューヨークグリルはどのエリアからでも東京の街が見渡せる
▲生演奏が行われる中央ステージを囲み、CABアームチェアがゆったりとした空間をつくり出す
▲このエリアに過去に廃番となった商品もこのタイミングで張替を行い、新たに命が吹き込まれた

アレッシオ:スイートルームでもとりわけ存在感を放っていました。それはホテルの中に“デザインのつながり”をつくる意図で採用されたのですか?

パトリック:はい。まさに、視覚的なリンクをつくりたかったのです。このスイートにおいて、CABは唯一の「カッシーナへの直接的なタッチポイント」でもあります。

▲48階、49階のDiplomat Suiteに選ばれたトープ色のCABチェア。ニューヨークグリルとデザインのつながりが生まれている
パトリック:実はCABと私の間にはちょっとしたストーリーがあって。キャリアの初期にフィリップ・スタルクと仕事をした際、デザインにおける「影響」の深さを学びました。既存の名作を研究することで、プロポーション、知性、抑制が身につく。CABは私にとって、そうした“静かな教師”のひとつでした。

優れたデザイナーは参照を否定するのではなく、それを変換する方法を理解しています。イノベーションは、既存のものを深く理解し、それを新しい言語へ翻訳することから生まれるのです。
アレッシオ:興味深いエピソードですね。確かに、名作から学ぶことは多いと思います。そして、カッシーナの魅力のひとつに、異なる時代のデザインを一本の赤い糸で結びつける「The Cassina Perspective」という思想があります。革新的な作品を発表しながらも、歴史的な名作と調和を生み出し、ブランドのDNAを守り続ける。その姿勢は、今回のパークハイアット東京のリニューアルにも共通している気がします。


◀︎ “The Cassina Perspective”の理念のもと、現代の革新的なプロダクトと、モダンデザインの名作が互いに響き合い、快適な住空間を生み出している。パトリック・ジュアン氏によるCassinaの「LEBEAU OUTDOOR」テーブルは、まるで花が開くように軽やかで彫刻的な構造が特徴。
▲ “The Cassina Perspective”の理念のもと、現代の革新的なプロダクトと、モダンデザインの名作が互いに響き合い、快適な住空間を生み出している。パトリック・ジュアン氏によるCassinaの「LEBEAU OUTDOOR」テーブルは、まるで花が開くように軽やかで彫刻的な構造が特徴。

アレッシオ:パトリック、ありがとうございます。今回の仕事は、とても敬意に満ちていて知的ですが、理屈だけじゃない、胸にくるものがありました。

パトリック:デザイナーにとって、これ以上ない褒め言葉です。ありがとうございました。

#5

家具と人生をともにするということ

パーク ハイアット 東京、そしてニューヨーク グリルのリニューアルは、「最新のデザイン」を誇るためのプロジェクトではありませんでした。

壊さないこと。変えすぎないこと。けれど、確かな“今”を添えること。

その結果として生まれたのは、「過去と現在が静かに折り重なった空間」です。そこでは、眺望、光、素材が、ゲスト一人ひとりの身体と記憶に語りかけます。2人対話から見えてくるのは、デザインが単なる“形の更新”ではなく、都市の記憶を未来へと橋渡しする行為であるということです。これからも、パーク ハイアット 東京の高層階では、CABチェアに腰掛けながら、新しい物語が静かに生まれていきます。そのひとつひとつが、また次の50年をかたちづくる記憶となっていくはずです。

パトリック・ジュアン

1967年フランス、ナント生まれ。1992年、パリにあるENSCI(国立創作工業高等大学)を卒業。国際寝台車会社(ワゴン・リ社)でデザイナーとして働いた後、フィリップ・スタルクの事務所に所属し、様々なプロジェクトに携わる。1998年に独立。イスやソファ、ベッド、自動車やモーターショーのスタンドデザインなどを行い、世界的に有名なフレンチのシェフ、アラン・デュカスのレストランの内装デザインも担当した。プロダクトからインテリアデザインまで多岐に渡り活躍する。

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