詩を纏う家具 —— カルロ・スカルパ「Cornaro」ソファの再生 Edit by Masato Kawai, Text by Kaoru Tashiro, Cooperation by Jacopo Drago
建築の詩人、カルロ・スカルパ
20世紀イタリアを代表する建築の巨匠、カルロ・スカルパ(1906–1978)。
彼は、ヴェローナの「カステルヴェッキオ美術館」の改修(1957–1975)に代表されるように、展示空間や什器のデザイン、さらには展覧会の会場構成においても才能を発揮しました。また、ヴェネツィアの「クエリーニ・スタンパーリア財団」(1961–1963)の庭園と増築部や、トレヴィーゾ近郊のブリオン家墓地(1969–1978)、数々の個人邸など、記憶に深く刻まれる珠玉の建築を数多く手がけています。
いずれの作品も、素材に対する卓越した美意識と、細部への職人的なこだわりに貫かれ、そこには静謐な時間が流れています。スカルパの空間は、訪れる人の感覚や記憶を呼び起こす、詩的な建築家として今なお世界中で高く評価され続けているのです。
<シモン>とカッシーナ_イ・マエストリ・コレクション
ヴェネツィアに生まれたスカルパは、活動初期にムラーノ島のガラス工房<カッペリン&Co.>にてキャリアをスタートさせ、その後<ヴェニーニ>(1932~1947)のアートディレクターとして、多くのガラス器のデザインを手がけました。
その経験は彼の建築における素材感、光の扱いに深く影響を与えています。
そして近年、これまであまり語られてこなかったスカルパの家具デザインにもあらためて注目が集まっています。きっかけとなったのは、2013年にカッシーナが、2007年に幕を閉じていたイタリアの家具ブランド<シモン>の権利の一部を取得したことでした。そこには、知られざるスカルパの家具作品の数々も含まれていたのです。
スカルパの家具は、近代建築の巨匠たちによる家具の傑作を現代に蘇らせる、カッシーナの「イ・マエストリ・コレクション」に加わり、テーブル「Doge(ドジェ)」やブックシェルフに続き、2024年には彼が唯一デザインしたソファ「Cornaro(コルナーロ)」が復刻されます。
スカルパを家具の世界へ導いた起業家、ディノ・ガヴィーナ
写真:Renzo Gambato, Luciana Miotto
提供:カルロ・スカルパ アーカイブ(ヴェローナ・カステルヴェッキオ美術館)
では、「建築家」スカルパを家具の世界へ招き入れたのは誰だったのか。
その人物こそ、イタリア・ボローニャで活動した先見的な起業家、ディノ・ガヴィーナ(1923~2007)です。
1950年代、ディノ・ガヴィーナは、建築家の才能を見抜く鋭い直感と卓越した行動力をもとに、モダンファニチャーの会社を立ち上げました。
彼は、カスティリオーニ兄弟、イニャツィオ・ガルデッラ、ルイジ・カッチャ・ドミニオーニ、マルコ・ザヌーゾ、さらに日本人建築家・高濱和秀ら、当時を代表する建築家やデザイナーといち早く協働し、イタリアにおけるモダンデザインの礎を築いていきます。
また、〈カッシーナ〉の創業者チェーザレ・カッシーナと共に、照明ブランド〈Flos(フロス)〉を設立したことでも知られています(同社は1962年にセルジオ・ガンディーニに譲渡)。
スカルパとガヴィーナの出会いは1958年のこと。それ以降、二人はビジネスパートナーを超え、生涯の盟友と呼ぶにふさわしい関係を築いていきます。
この出会いを機にスカルパは、ガヴィーナのために<ガヴィーナ・ショールーム>(1961–63)を設計。ボローニャ旧市街にある既存のパラッツォを改修し、スカルパ独自の建築言語を随所に取り入れた、美しいファサードと内部空間を生み出しました。
そこは単なる展示空間ではなく、家具を建築の一部として捉える試みの場でもありました。
合理主義を超えて:Ultrarazionaleコレクション
1968年、ディノ・ガヴィーナは、それまでイタリアの建築・デザイン界の主流であった「合理主義」の限界に挑もうとしていました。効率や機能性だけを重視する合理主義では、人間の感情や文化的背景、美的な深みが見落とされがちだったのです。
そこで彼は、歴史や芸術といった豊かな要素をデザインに取り戻すことを目指し、新たな家具コレクションを立ち上げました。その名は「Ultrarazionale(ウルトララツィオナーレ)」。直訳すれば「超・合理主義」、すなわち「合理主義を超えて」という意味が込められています。
このコンセプトのもとで誕生した最初の家具のひとつが、カルロ・スカルパによるテーブル「ドジェ」でした。スカルパにとって、これが初めての工業製品としての家具デザインでもあり、建築家としての感性がプロダクトのスケールへと転写された記念碑的なプロジェクトとなりました。

その第一作が「Doge」テーブルです。スカルパが設計したチューリッヒの邸宅のためのダイニングテーブルがベースで、当初のテーブルトップの素材は木材と大理石を組み合わせたものでした。しかし、ガヴィーナは脚部構造の美しさに着目し、あえて脚を隠さず見せることを提案。スカルパもこれに応じ、テーブルトップはガラスに変更されることになりました。
ヘアライン仕上げのスティール脚とガラス天板の間に真鍮製の受けを挟み込む構造が採用され、異素材の緊張感とディテールの詩が共存する作品として現代に再現されています。
Cornaro(コルナーロ)—— スカルパ唯一のソファ
そして2024年、ミラノデザインウィークで発表されたのが、スカルパが1973年にデザインしたソファ「Cornaro(コルナーロ)」の復刻モデルです。
スカルパは複数のテーブルを手がけていますが、ソファをデザインしたのは「コルナーロ」ただ一つ。それは、おそらくテーブルという家具が、構造的に建築と親しい存在だからかもしれません。あえて挑んだソファのデザインに触れることは、スカルパのデザインの考え方を知るうえでも貴重な体験です。
「コルナーロ」は、円柱状の木材を用いた幾何学的なフレームと、背もたれ・座面・アームレストを形成する柔らかなパッドの組み合わせから成る構成です。さらに、構造体と背もたれのパッドは、グロメット(ハトメ)に通したサドルレザーのレースによって固定される仕組みとなっており、細部にまでスカルパらしい独自の美学が宿っています。
構造体と柔らかなクッションというコントラストが鮮やかに際立ち、「ウルトララツィオナーレ」を象徴する作品となったのです。
復刻にあたっては、息子でありデザイナーであるトビア・スカルパとカッシーナが共同で検証を重ね、高さと奥行きに、より現代的なゆったりとしたプロポーションへと再構築されています。
スカルパが、ふたたび私たちの時間に触れる
スカルパの家具は彼の建築と同じように、構造が詩になる瞬間、を形にしているのではないでしょうか。
空間の中に据えられたとき、それは機能する椅子やテーブルであるにとどまらず、人々の感覚に触れる何かとして、そこに流れる空気を変える力を持っています。
Cornaroの復刻は、過去の遺産をなぞる行為ではなく、カルロ・スカルパが残した、素材と空間への問いかけを、私たちの時代にもう一度差し出すことでもあります。スカルパの家具は今、再び語り始めているのです。
イタリア、ヴェネチアに生まれる。1926年ヴェネチア・アカデミー・オブ・アートを卒業し、プロとしてのキャリアを始めます。職人たちとの交流を続けながら、20年に渡り建築からガラス製作、デザインプロジェクトや美術館の展覧会立案まで、数多くのデザインを手がけました。 長い間ディノ・ガヴィーナとともに働き、シモンの代表的な一連の家具シリーズをデザインしました。
第三者による画像はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスのもとで使用しています ― 各画像のクレジットをご参照ください。





SOCIAL :