WEB MAGAZINE2025.10

共創から生まれる、学びの場の未来図 女子美術大学 共創デザイン学科

杉並区和田に佇む女子美術大学杉並キャンパス。その象徴ともいえる1号館が、長年の歴史を経て大規模なリニューアルを迎えました。

今回、このプロジェクトの背景や空間づくりへの想いを伺ったのは、女子美術大学副学長の松本先生です。松本先生は、かつて企業で培った経験を教育現場に活かし、学生たちが社会に出たとき、自らの力で活躍できるような学びの仕組みを模索してきました。その一環として立ち上げたのが「共創デザイン学科」です。産業界や異分野との協働を通じて実践的な課題解決力を育むこの学科の理念は、今回の1号館リニューアルにも色濃く反映されています。

教育機関としての視点と企業の専門性をかけ合わせる「共創」の姿勢。その結果として生まれたのは、単なる建物改修ではなく、未来に向けての新しい学びの舞台でした。
#1

歴史ある校舎を未来へ

女子美術大学1号館のリニューアルは、学科構成の変化と建物の老朽化が大きなきっかけだったと言います。 「新設学科の増加に伴い、横に増築棟を建てて対応してきましたが、高さ制限のある杉並区の住宅地では十分な教室数を確保することが難しい状況が続いていました。特に3年生・4年生の教室不足は深刻で、1号館2階を上級生専用フロアとして機能させることが急務に。そこで、2階だけでなく1階も含めた全館刷新が行われることになりました」
「1号館はもともと小学校として使われていた歴史を持ち、長年にわたり女子美の“顔”として学生や来訪者を迎えてきました。駅から校舎へ向かう道のりの中で最初に目に入る象徴的な存在でもあり、理事長からは「もっと美しく、女子美らしい校舎に」という要望が寄せられました」と松本先生。

「今回のプロジェクトでは、『素材同士のぶつかり合い』をテーマに据え、教育と企業が一体となって新たな空間像を描き出しました。この「共創」の姿勢が、未来につながる学びの場の創出につながっています」
#2

共創を育む場

新しい1号館の中でも象徴的な場所が、学生や教職員、そして企業関係者が集うカフェラウンジです。学科や学年の垣根を越えた交流だけでなく、外部の企業や団体を迎える応接機能も担っており、社会との接点を日常的に持てる空間として設計されました。

▲カッシーナ・イクスシーの家具が設えられた室内は、照度を落とすことで重厚感と落ち着きを生み出している。

「特に共創デザイン学科では、『社会の中で自らの立ち位置を確立できる女性を育てる』という理念のもと、洗練された空間づくりを追求。天井のない開放的な設計や、客観的に見てもロジカルな印象を与えるデザインがその思想を象徴しています。ここを訪れた企業の人々が、『この学校となら新しい価値が生まれるかもしれない』と感じ、憧れを抱けるような場であることを目指しました」

松本先生はさらにこう付け加えます。
「家具選定では、空間の素材感や光の使い方と調和し、長く使い続けられる品質が求められました。洗練された造形を持つカッシーナ・イクスシーのプロダクトは、ラウンジのコンセプトと響き合い、自然にくつろぎや交流を促します。この場所は、女子美と企業、そして企業同士がつながり、新たなプロジェクトやアイデアが芽吹く「共創」の拠点として役割を果たすことを期待しています」

#3

協働で生まれたオリジナル家具

今回のリニューアルでは、女子美、設計チーム、カッシーナ・イクスシーが三者で協力し、プロジェクト専用のオリジナル家具を制作しました。これは「共創デザイン学科」の理念を体現する試みでもあります。

多目的ホールの特注チェアについて、ベースにしたのは、イクスシーの既存モデル「MEMBRANE(メンブレン)」。その“細いフレームが生む軽やかさ”と“端正な佇まい”を生かしつつ、講義・講演の運用に必須となるタブレット(テーブル)を後付けできる仕様へと発展させました。

▲左がベースとなったMEMBRANE〈メンブレン〉。右が多目的ホールのために作られた特注のチェア。

課題は、美観を崩さずに強度・安定性・堅牢な取付けを両立すること。使用時の荷重分布や、立ち座り・回転時にどこへ力がかかるかを検証しながら、取付位置や固定方法を何度もプロトタイピング。併せて、スタッキング時にタブレットが干渉しないためのクリアランス設計、タブレット先端の“上がり”部分の見え方(ビジュアル)の微調整など、細部の造形調整を重ねました。

結果として、必要最小限のサイズで機能を満たすタブレットを実装し、MEMBRANE本来のミニマルな印象を損なわずにノートPCや資料が置ける実用面を獲得。現場での扱いやすさも考慮した固定機構により、積み重ね・移動・保管までを含めた運用性を確保しました。デザインと運用要件の綱引きを、三者の往復で解きほぐしたこの一脚は、製品化も視野に入る完成度に到達しています。

▲よく見ると、張地の色が3パターンあり、空間に表情を生み出している。
ピロティに新設されたアウトドアテーブルは、コロナ禍の後使用されなくなったアクリルパネルを溶解し、再成形することで生まれたプロダクトです。当初、カッシーナ・イクスシーからこの再利用案を提案された際、松本先生は「環境貢献の視点でも意義が大きく、しかも贅沢な発想」と強く共感したと語ります。天板を再生アクリルで構成し、その素材特性が最大限に生かされています。
▲オリジナルで作成した型へ、コンクリートを流し込む
▲型から出した土台を研磨する作業
▲研磨が終了した状態

通常のアクリル製品は均一でツルっとした表面が多いですが、本作ではゆらぎや気泡、色の変化といった偶発的な表情を“欠点”ではなく“個性”として採用。試作段階で光を当てた際に生まれる影の面白さに着目し、あえて加工途中の質感を天板に残すデザインとしました。 単なる廃材再利用を超えた「サステナブル×美意識」の取り組みは、今後さらなる応用展開や製品化の可能性を秘めています。

「産学の共同で生み出したこのサイドテーブルは、プロジェクトの象徴的な“共創”の成果といえるでしょう」

#3

共創が形づくる未来の学びの場

「女子美術大学1号館のリニューアルは、教育機関と企業が互いの知見と経験を持ち寄って実現した「共創」のプロジェクトですが、実は、偶然にも担当者がすべて女性なんです。まさに共創学科が求める「自立した女性」達が活躍し、素材や形状の選定から細部の機能設計まで、あらゆる工程において連携を重ね、完成度の高い空間をつくり上げました」 松本先生は最後にこう綴ります。

「新しい1号館は、学生にとっては日常的に使う学びと交流の拠点であり、大学にとっては理念を体現する象徴的存在です。この空間が、これからも多様な人々のつながりを育み、女子美の未来を支える基盤となってほしいと願います」
松本 博子
女子美術大学芸術学部産業デザイン科卒業後、東芝デザインセンターにて30年に渡り、デザイナー、デザインディレクターとして家電、AV機器、ヘルスケアなど多くの商品・仕組みのデザインを手がけ、グッドデザイン賞金賞、ドイツIF賞金賞、red dot design award金賞など、国内外の受賞歴多数。2012年より女子美術大学デザイン・工芸学科プロダクトデザイン専攻教授。年間15社(団体)を超える、企業や自治体とのコラボレーションによる実践的な授業や、産官学連携プロジェクトに取り組み、「こと・もの」のデザインで学生の課題解決力、実装力を育成。企業、教育、双方の経験から「共創デザイン学科」を構想し、学科コンセプト、教育の構造、また、新しい学び舎である「共創スタジオ」などトータルプロデュース。

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