時を超えて蘇る
OZUラウンジチェア
2026年、IXCはデンマーク・コペンハーゲンのデザインイベント「3daysofdesign」で日本と世界のデザインをつなぐコレクションを紹介した。その会場ではじめて製品として披露されたのが、ヴィコ・マジストレッティによるソファ『OZU』だ。大きなオリジナル図面と一点のプロトタイプだけを残し、長く発表されることのなかったこのソファが40年の時を経て、いまに姿を現した。
前回の記事ではエディターの山田泰巨氏がファシリテーターを務め、IXCのアートディレクションを手がけるガムフラテージのエンリコ・フラテージとスティーネ・ガムに「3daysofdesign」という舞台の魅力、『OZU』に込められた小津安二郎への敬意、そして日本から世界へ向かうIXCの可能性を語ってもらった。今回は、その山田氏に『OZU』の背景をさらに掘り下げてもらう。
このソファはどのようにアーカイブから見い出され、マジストレッティの意図を受け継ぎながら、いまの暮らしにふさわしいプロダクトへと仕立てられたのか。図面との出会いから製品化に至るまでをたどり、イタリア、日本、デンマークを結ぶ背景と、この復刻がIXCのこれからにもたらす意味を探る。
アーカイブで見つかった
マジストレッティのソファ
この秋、カッシーナ・イクスシーのオリジナルブランド「IXC」に新たなソファ『OZU』が加わる。デザインを手がけたのはイタリアを代表するデザイナー、ヴィコ・マジストレッティ。建築、インテリア、家具や照明などのデザインから都市計画まで広く活躍した伝説的な存在だ。しかしなぜ、没後20年を迎えたマジストレッティのデザインを新たにラインナップへ加えることができたのか。すべては「IXC」のクリエイティブディレクターであるガムフラテージのエンリコ・フラテージ、スティーネ・ガムがブランドのアーカイブを手にしたことから始まった。1997〜98年頃、マジストレッティはカッシーナ・イクスシーの創業者である武藤重遠にスケッチを託した。当時、製品化には至らなかったものの、大きなオリジナルの図面、そしてプロトタイプ一点のみが残っていたという。エンリコとスティーネはアーカイブにマジストレッティのデザインが含まれていることを知らなかったという。
カンチレバー構造のスチールフレームで、クッションのようにやわらかく形づくられた座面と背もたれを支えるソファ。とてもシンプルな構造ながら、まるで一つのレイヤーのように考えられているところに凄みがあるとエンリコはいう。だからこそさまざまな張地を受け入れる余地があり、テキスタイルやレザーなどでまったく異なる表情を見せることができる。そのように語るが、今回の製品化で彼らが手を加えた点はあるのか。
クッションのようなフォルムはカジュアルだが、そこにマジストレッティらしい優雅さも感じられるデザインだ。ガムフラテージはそれをどのように捉えているのだろうか。
「それはなんといってもまず品質で決まります。高い品質がなければデザインにいわゆる高級感は生まれません。一方で、私たちは普段もっと気取らない感じで生活をしています。家族や友人と一緒に過ごす時間を大切にしたい。そのうえで製品を楽しむのです。最高級の品質と職人技、そして日常の中でその製品を楽しむこと、その両方を組み合わせねばなりません。この二つを組み合わせたときに、はじめてIXCが目指すべき目標である“手に届くハイエンドな製品”を実現できます。なによりマジストレッティのデザインには多くの人々に受け入れられる独自のスタイルがあります。最高級の素材を使っている以上、やはり高級品ではあります、しかし適切な価格帯のカテゴリーにあるものです。つまり美しい製品でありながら、日常生活に取り入れることもできる素晴らしいバランスをもっています」
小津安二郎への敬意を宿すOZU
『OZU』の名は、マジストレッティが小津安二郎の映画を愛したことに由来する。マジストレッティの関係者とともに決めたもので、そこには小津へのオマージュ、作品への深い敬意を込めた。スティーネは両者につながりを見たという。
「マジストレッティは『OZU』をデザインした当時、日本でいくつかのヴィラの設計に携わっていたそうです。そのなかであらためて小津の作品に強く惹かれたのでしょう。いずれの作品にも流れる静けさ、空間の捉え方、日常の中にある美しさ……そうした感覚が彼のなかで日本での経験と重なったのかもしれません。そう考えると『OZU』は単なる家具を超え、マジストレッティが日本で見たもの、感じたもの、そして小津への敬意が結びついた一つの旅のような存在だったと捉えることもできるでしょう」
「また今回のキャンペーンビジュアルは鎌倉にある小津の旧邸で撮影しました。マジストレッティが小津に抱いた敬意や関心、そしてこのソファの名の由来といういくつもの背景を考え、象徴的な意味をもたせています。この撮影を通じ、小津とマジストレッティが一つの空間で出会ったように感じられます。両者の作品や思想が時を超えて静かに響き合うような美しいストーリー。このようにとても日本的で伝統的な空間の中に置いても『OZU』は自然と馴染み、同時に非常にコンテンポラリーにも見えます。空間とのバランスも美しく、良いプロダクトが持つ普遍性を示すものだと思います。伝統的な環境でも、現代的な空間でも、それぞれに新しい表情を見せる。『OZU』にはそうした強さがあるのだと感じます」
今回の復刻にあたり、二人はマジストレッティの家族に面会した。そのデザインに再び生命が吹き込まれ、現代に蘇ることをとても光栄に感じると感謝の言葉を伝えられたとスティーネはよろこびを語る。
「私たちにとってもそれはとても大切なことでした。単に過去のデザインを製品化するのではなく、マジストレッティの意図や精神を尊重しながら次の時代へつないでいくこと。そのプロセスをご家族にも喜んでいただけたことは大きな意味をもちます」
日本とイタリア、デンマークを結ぶデザイン
イタリアを代表するデザイナーを、あらためてイタリアとデンマークを背景に持つガムフラテージの二人はどのように捉えているのか。
「マジストレッティは非常にイタリア的なデザイナーです。スカンジナビア的なデザインを志してはいませんが、彼は早くからデンマークでも〈フリッツ・ハンセン〉〈フレデリシア〉と仕事をした数少ないイタリアのデザイナーであることを忘れてはいけません。なぜ彼らがマジストレッティを起用したのかは分かりません。しかし当時デンマークのデザインは今よりも機能主義的であり、そのコンセプチュアルなデザインに心惹かれたのではないでしょうか。そう考えるとマジストレッティが日本やデンマークで活動したことに、私たちも何かしらの縁を感じます」とエンリコはいう。
「『OZU』は海外のマーケットでも十分に受け入れられる大きな可能性を感じます。このソファはさまざまな空間に馴染むデザイン性や美しさを備えている。IXCはまだ世界で知られていないブランドでありながら、すでに伝説的なデザイナーが名を連ねています。倉俣史朗、安藤忠雄、そしてマジストレッティ……こうしたブランドを見つけると誰もがワクワクするものです。マジストレッティはいまなお、その表現力への評価は高まっている。これまで知られていなかったそのデザインが発見される場となるのです」
「またIXCが日本の企業であるという背景を伝えることも重要です。といっても、それは伝統的な日本を意味するのではありません。国際的なデザイナーがあくまで『日本のデザイン』を志したことに大きな意味があります。日本、そして海外のデザイナーを起用し、その誰もが日本の哲学を解釈しつつも、国際的なアプローチで家具を表現した。もちろん現在ではいくつもの日本のブランドが国際的なデザイナーにアプローチをしています。しかし1980年代、それは一般的なことではなかった。非常に先見の明があった。それこそがIXCを非常に特別なブランドとします」
復刻の先に描くIXCの未来
二人が考えるIXCのこれからはどのようなものか。
「この旅は始まったばかり。やるべきことはまだまだたくさんあります。それ以上にこのブランドは大きな可能性を秘めている。アーカイブには、まだまだ素晴らしいものがたくさんあります。これからさらなる復刻も登場します。日本の技術はまだまだ可能性を秘めていますし、より素晴らしいブランドへの楽しい道のりであると感じています」とエンリコ。そしてスティーネは「私たちはコレクターです」と言葉を続ける。
「私たちは美しいものを愛しています。だからビンテージであれ、現代作家の作品であれ、美しい品物を見つけるたびに入手しています。日本を訪れるたびにそうしたものを買い集めてしまうのですが……。これからはさらに若いアーティストや優れた陶芸家を招き入れることでブランド全体を非常にクリエイティブなものにしていきたいですね。IXCが創造性豊かな人々が集まる拠点となる。美しい工芸品を販売する機会も出てくることでしょう」
二人の眼差しはあらゆるものに向けられる。日本、デンマーク、そして世界のあらゆる地に宿る、時を超えた普遍的な美しさ。IXC はその多様な美しさを織り上げながら、さらなる豊かな日常を追い求めていく。



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