WEB MAGAZINE2026.9

NOT A HOTEL SETOUCHI 建築から家具へ、受け継がれるデザインの思想

日本とデンマーク。遠く離れた二つの国には、素材への敬意や簡潔な造形、そしてデザインを暮らしと結びつけて考える姿勢など、どこか共鳴する感性があります。NOT A HOTEL SETOUCHIの建築を手がけたBjarke Ingels Group(BIG)が、その空間のための家具を考えるとき、一つの出発点となったのが、デンマークを代表するデザイナー、ポール・ケアホルムの家具でした。
その思想を受け継ぎながら、スチールから木へ。そして、建築のための新たな構造とプロポーションへ。そこには、名作を模倣するのではなく、その本質を現代へと受け継ぐための試行錯誤がありました。
BIGの経営パートナー兼プロダクト統括責任者であるJakob Lange氏と、カッシーナ・イクスシー代表取締役社長のAlessio Giacomelによる対話を通して、建築と家具、日本とデンマーク、そしてクラフトマンシップが交わるものづくりの背景を紐解きます。

#1

日本とデンマーク、
二つのデザイン文化
異なる場所にある、共通する感性。

アレッシオ:まず最初に、このプロジェクトに関わることになったとき、どのような期待を抱いていましたか? また、率直に言って、最初の段階で懸念や課題として感じていたことはありましたか?

ヤコブ:特に興味深いのは、日本とデンマークの家具文化には、どちらも長い歴史と深く根付いた伝統があるということです。そして、多くの点で両者には自然な共通性があります。
スカンジナビアの建築やデザインは、控えめであること、無駄のない所作、シンプルなフォルム、そして明快なラインによって特徴づけられます。同じことは、日本の建築やデザインにも言えると思います。必ずしも明確に言葉で表現されるわけではありませんが、そこには共通する感性とデザインの系譜があります。デザインが暮らしとどう関わるべきかという哲学を、私たちは共有しているのです。
だからこそ、BIGとNOT A HOTELの協業は非常に自然な組み合わせでした。その関係性は建築だけに留まらず、家具にも及んでいます。

ヤコブ:今回のプロジェクトでは、ポール・ケアホルムの家具が重要な出発点となりました。私たちは、その明快さ、安定感、そしてプロポーションといった原則を、新しい形で再解釈したいと考えました。ただし今回はスチールではなく木材で表現し、その考え方を木構造として成立するスケールへと発展させる必要がありました。
同時に、このテーブルは現代のニーズにも応えなければなりません。テクノロジーや電源の統合も求められました。つまり、見た目は洗練され、あたかも何気なく存在しているように感じられながら、その内部では数多くの実用的な課題を解決する──それがチームにとって非常に興味深い挑戦だったのです。

アレッシオ:なるほど。両国のデザイン文化の継承を大切にしながら、まったく新しいものを生み出している、とても美しい考え方ですね。

▲カッシーナ・イクスシーが製作した特注テーブルと、ポール・ケアホルムの名作チェア。素材の美しさが響き合うダイニング空間。

ヤコブ:最も重要だったのは、オリジナルのリファレンスと、どれほど近い関係性を保つべきかということでした。 これほど強く認知されたデザインを出発点にすると、そこから着想を得ることと、単なる模倣になってしまうことの境界線は非常に繊細です。そのバランスを見つけることが、このプロジェクトにおける中心的なテーマだったと思います。 通常、新しい家具のプロジェクトでは、デザインの可能性はもっと自由で開かれています。しかし今回は、すでに明確なリファレンスと強いコンセプトが存在していました。それが方向性を示してくれた一方で、どこに新しさを加えるのかについては、非常に慎重である必要がありました。

アレッシオ:とてもよく分かります。名作を繰り返すのではなく、その思想を新しい文脈で受け継ぐということですね。

#2

一台のために、つくる
建築が求めた曲線を、木で実現する。

アレッシオ:今回の特注テーブルの開発では、「これは通常の家具プロジェクトでは経験しないような挑戦だ」と感じた瞬間はありましたか?

ヤコブ:もちろんです。当初の構想では、将来的に製品化できるようなテーブルを目指していました。しかしNOT A HOTELでは、空間に合わせた特定の曲率と、非常に正確な寸法が求められました。

▲建築全体を貫くテーマは「円」。緩やかな曲線が、瀬戸内の景観と呼応する。
ヤコブ:木材で曲線をつくるとなると、まったく異なる課題が生まれます。木目の方向、天板の構成、そして各部材をどのように構造的につなぎ合わせるかまで考えなければなりません。その部分が、設計開発の中でも特に集中的な検討が必要だった工程です。接合部や配線、木目の方向などを何度もスタディしました。さらに、構造の細部をより正確に検証するため、完成品の半分のサイズとなる2分の1スケールモデルも製作しました。

アレッシオ:まさに、こうした資料がプロジェクトに生命を吹き込んでいますね。スケッチや模型を見ると、完成品が単に描かれたものではなく、丁寧に試作を重ねながら磨き上げられたことがよく分かります。
ヤコブ:私にとって最も重要だったのは、接合部への徹底したこだわりでした。私たちデンマーク人は、日本の職人技、とりわけ木工技術の高度さに深い敬意を抱いています。そのため、メーカーと密接に協力しながら、テーブルをどのように組み立てるべきかを理解することが欠かせませんでした。目指したのは、単に機能する接合ではありません。構造の論理が見る人にも自然に伝わるような接合です。理想的には、この家具そのものが、日本とデンマークのデザイン文化のつながりを、そのつくり方を通して静かに語ってくれる存在になればと考えていました。

アレッシオ:とても美しい考え方ですね。このテーブルは単なる家具ではなく、二つの文化、そして二つのクラフトマンシップが出会う場でもあるのだと感じます。
▲BIGのスタジオで語られるデザインプロセス。ポール・ケアホルムの精神と日本の職人技術を結びつけた。
#3

空間が、家具をかたちづくる

アレッシオ:このプロジェクトを経て、建築・家具・ビジネスがより密接に連携する可能性について、どのように考えていますか? 今後さらに挑戦してみたいことはありますか?

ヤコブ:このような協業の最もユニークな点は、家具が単独でデザインされていないことです。通常、プロダクトデザイナーがテーブルを設計する場合、そのテーブルは何もない空間から始まります。そこには建築的な文脈も、特定の雰囲気も、一般的な用途以上の明確な目的もありません。しかし今回のプロジェクトでは、NOT A HOTELの建築そのものが家具の明確な舞台となりました。空間の雰囲気、素材、役割、そして存在する理由までもが建築によって与えられたのです。家具は後から加えられたものではなく、建築から自然に育っていく存在になりました。

ヤコブ:だからこそ、建築家は家具デザインに非常に大きな価値をもたらせると私は考えています。建築から生まれる家具は、実際の空間が抱えるリアルな課題に応えるものになります。そして、その課題は決して一つのプロジェクトだけに限られるものではありません。人が集い、働き、暮らし、快適に過ごすための問いは、あらゆる建築や住まいに共通して存在するからです。つまり、ある建築プロジェクトのために生まれた一台のテーブルが、やがてはその場所を超えて、多くの空間に価値をもたらす存在になり得るのです。

アレッシオ:素晴らしい締めくくりですね。本日はありがとうございました。このプロジェクトに、どれほど多くの思考とクラフトマンシップ、そして対話が込められているのかを伺うことができ、大変有意義な時間となりました。

#4

建築から生まれ、その場所を超えて

NOT A HOTEL SETOUCHIから生まれたのは、一台のテーブルだけではありません。建築という具体的な課題を起点に、デザイン、製造、クラフトマンシップが早い段階から交わることで、そこにしかない答えを導き出しながら、その先にある普遍性を見つけていく。それは、家具を完成されたプロダクトとして建築に置くのではなく、建築とともに家具の可能性そのものを育てていくという、新しいものづくりの方法でもあります。

NOT A HOTEL SETOUCHIで始まったこの試みが、次の建築へ、次のプロダクトへとどのようにつながっていくのか。その先には、建築と家具の境界が今よりも自由になった、新しいデザインの風景が広がっているのかもしれません。

Bjarke Ingels Group(BIG)
Bjarke Ingels Group(BIG)

ビャルケ・インゲルス率いる国際的な建築・デザインスタジオ。建築を中心に、ランドスケープ、都市計画、エンジニアリング、プロダクトまで領域を横断し、世界各地で多様なプロジェクトを展開する。社会や環境、文化といったさまざまな条件を創造の起点とし、合理性と大胆なアイデアを融合させながら、建築と自然、人と場所の新たな関係を描き続けている。