WEB MAGAZINE2023.7

ずっと一緒にいたいから。
愛する猫とユトレヒトの暮らし
インテリアスタイリスト
石井佳苗さん

オランダの建築家でデザイナーのヘーリット・トーマス・リートフェルトの代表作のひとつであるユトレヒト ソファ。「シンプルなのに、構造のおもしろさそのものがデザインになっていて、秀逸。大きく見えるけれど思いの外コンパクト、それなのにゆったりと座れます」ユトレヒトの魅力を端的に、そして的確に語ってくれたのは、インテリアスタイリストとして雑誌や広告などで活躍をしている石井佳苗さん。

かれこれ18年のユトレヒト愛用者で、今回2度目の張り替えを済ませた一人掛けソファがリビングに戻ってきました。石井さんの素敵なご自宅におじゃまして、ユトレヒトとの暮らしについてお話を伺いながら、インテリアスタイリングの秘訣なども教えていただきました。前後編でお届けします。

- 前編 -
愛猫たちに爪を立てられても
一生大切に使いたいユトレヒト

#1

ユトレヒトはインテリアの
メインになるアイコン的存在

新緑がキラキラと輝く5月。インテリアスタイリスト石井佳苗さんのご自宅である都内某所のヴィンテージマンションにおじゃましました。石井さんが、海の見える小さな街から都会の真ん中に引っ越してきたのは2018年秋のこと。仕事が忙しくなり、東京に構えていた事務所との往復がさすがに厳しいなと思い始め、まずは賃貸マンションに引越しました。そのすぐ後に「窓から緑が見えて、猫と暮らせる」という石井さんの条件に適った分譲マンションとのご縁があり、翌年の秋からここでの暮らしが始まります。一般的な1LDKの間取りで内装が一新されていたのですが、スケルトンにして、石井さんご自身のイメージでリノベーションし直したそうです。
「設計図などを書いたわけではなく、イメージを大工さんに伝えながらリノベしました。と言っても、内容は至ってシンプル。“箱”を作る感覚です。住んでみないと光の入り具合などもわからないので、壁の色は後で考えて塗ればいいから白に統一。古いマンションなので梁など凸凹を少しでも和らげたいと、壁の角やキッチンの仕切りをアールにして曲線を取り入れました」
▲ 窓際が好きな猫シャインズ。石井さんのデスクで日向ぼっこがルーティーン。
▲ 2回目の張替から帰ってきたユトレヒト。
リビングに入ると、飾り棚のある壁を背にしたユトレヒトと、3匹の猫(石井さんのインスタでは「猫シャインズ」として有名な、ポポとメグとハナオ)が迎えてくれました。

「ユトレヒトは自分のアイコン的な存在なので、リビングのメインとして置きたいと思っていて、そんなことをイメージしながら、リノベーションできたのは良かったです」

 仕事の合間にほっと一息つきたいとき、お気に入りの本を読むとき、愛猫を膝にのんびりしたいときなど、石井さんの暮らしの中心にあるユトレヒトは、物理的にも精神的にも石井さんをしっかりと支えているのだなと感じました。
#2

愛猫たちも大好きなユトレヒトが
張り替えで生まれ変わった

「ユトレヒトを購入したのは、18年ほど前だったと思います。カッシーナに勤めているとき『いつかは……』と思っていて、これまでの経験の証(あかし)として、退職のタイミングで迎え入れることにしたのです。それと、一生大切に使える優秀で素晴らしい家具だということも、手に入れておきたい理由のひとつでした」
▲張り替え前の、猫シャインズに遊ばれた(爪研ぎされた)ユトレヒト。赤いステッチがユトレヒトの個性を際立たせつつ、白い空間に程よいアクセントを加えています。
最初に選んだ張地は、赤いフェルトに白いステッチ。ユトレヒトらしい、そしてアイコンと呼ぶのに相応しいカラーリングです。15年ほどこの“赤いフェルト時代”が続きます。

「猫たちもユトレヒトが大好きで(笑)、バリバリと爪研ぎをされて、相当なことになっていました。それでも、友人にダーニングで繕ってもらいながら大切に使っていて、その繕い具合を含め、それはそれでとてもいい感じでした」

▲張り替えることが決まったので、新調前にダーニング作家のご友人に繕ってもらった初代ユトレヒト(石井佳苗さんのインスタグラムより)
 しかしながら、“いい感じの臨界点”を超えてしまった2年前に、張り替えを決意。色は赤から一転してホワイトベージュに赤いステッチ、張地は凹凸のある布をセレクトしました。

「完全に自分の好みだけで張り替えをしてしまって、猫たちの“好み”のことが抜け落ちてしまっていたようで……(笑)」 果たして、二代目のテクスチャーは猫たちのお気に入りとなり、あっという間にバリバリ、ボロボロにされてしまいます。
▲張り替えることが決まったので、新調前にダーニング作家のご友人に繕ってもらった初代ユトレヒト(石井佳苗さんのインスタグラムより)

▲ユトレヒトのアームは猫たちの通り道。ステッチが爪にいい塩梅で引っかかり毛羽立っていますが、これはこれで愛着の湧く使用感。
こうしてホワイトベージュの布時代はあっという間に終焉を迎え、三代目となる革時代がはじまります。

「革というイメージがあまりなかったのですが、猫たちにバリバリされないのならいいかもと試してみることにしました。」

⾊は、ホワイトベージュ。ステッチは⼤⼈っぽく同系⾊のジグザクに。⾰のユトレヒトは、直営店の展⽰でもあまり⾒ることのない、レアな存在です。
▲張地をレザーかベルベットで悩み中。強度面と猫たちの好み、ユトレヒトの新たな可能性に期待し、最終的に革に決定。

▲ユトレヒトのステッチは2種類あり、前回のブランケットステッチ(図・上)から今回ジグザクステッチ(図・下)へ。
ブランケットステッチ


ジグザグステッチ

「思っていた以上の仕上がりに満足しています。ステッチを同系色にしたのも良かった。ユトレヒトらしさが出ていて、私はこのデザインが好きだなと、あらためて感じています」

そうそう、大切なことを忘れていました。猫たちの反応はいかがでしたか?

「もちろん、すぐチェックに来てバリバリしましたよ(笑)。でも、革なので爪がグッと入りにくいからなのか、それほど激しく爪研ぎはしないので、今のところはホッとしています」
▲ユトレヒトはリビングの定位置に。同型色のステッチが日光でキラキラとひかり、これまでの少しカジュアルな雰囲気とはちがった、大人の気品を纏って帰ってきました。
▲バリバリできなくとも、お気に入りであることは変わらず。
▲同色のステッチがなじんでいるせいか、素通り。
#3

いずれは息子が引き継ぐであろう
自分より“長生き”する美しき椅子たち

石井さんのリビングには、ユトレヒトの他にもカッシーナの椅子が何脚かあります。

「実は、カッシーナ・イクスシーでいちばん最初に買った家具は、イクスシーのオリジナル製品でフランスの女性デザイナー、アンドレ・プットマンがデザインしたRUE DU BAC一人掛けソファでした。真鍮製の持ち手やキャスターなどのパーツがかわいくて大好きだったのですが、猫たちに粗相をされて…(苦笑)、臭いがついてしまったのです。それで、引っ越しのときに泣く泣く手放しました。もう生産していないんですよね? あー、やっぱりウレタンを変えてもらうなど何らかの手が尽くせたかも……。今更ながらですが、もったいないことをしたと心から後悔しています」

▲RUE DU BAC〈ルードバック〉一人掛けソファ ※廃番商品のため現在販売しておりません
次に手に入れたのが、スーパーレジェーラ。その洗練された美しい佇まいに魅了された石井さんは、この出合いがきっかけとなり、カッシーナに入社します。 「ある意味、今の私の原点とも言える椅子。座るというよりも、本や箱を置いて台代わりとして、常に愛でています」

▲ジオ・ポンティによってデザインされたSUPERLEGGERA〈スーパーレジェーラ〉チェア。長い年月をかけてフレームのアッシュ材がいい味を出している。

そして、もう一脚。ユトレヒトの張り替えのタイミングと同じくして、ジグザクチェアを購入しました。こちらも、リートフェルトの1934年の作品です。 「ジグザグも、いずれ買おうと思っていたチェアです。ネジなど金属のジョイントを使わず、ダボとホゾで作られた究極のデザイン。オブジェ的に使おうかと思っていましたが、ユトレヒトの対面にレイアウトしたら側面のデザインがよく見えるので、しばらくはテーブル前にセットしておくことにします」

◀︎チェリー材のZIG-ZAG〈ジグザグ〉チェア。背面からは組継ぎと構造がよく見える。背もたれの後ろに、掴みやすいよう小さな窪みがあるのもポイント。

▲チェリー材のZIG-ZAG〈ジグザグ〉チェア。背面からは組継ぎと構造がよく見える。背もたれの後ろに、掴みやすいよう小さな窪みがあるのもポイント。

▲石井さんが惹かれて手に入れたものたちが、窓の外の景色とも調和する

石井さんのアンテナがキャッチした椅子は、どれも研ぎ澄まされたデザインで長く愛されている名品ばかり。これまでと同様に、これからも流行に左右されることなく、普遍的な美しさと心地良さを届け続けてくれるでしょう。

「いろいろなモノがデザインされて世の中に出回りますが、星の数ほどの中から生き残るデザインはほんのひと握り。ユトレヒトもスーパーレジェーラもジグザグも、その中のひとつだと思います。本当にいいものは、きっと自分よりも長生きします。たとえ猫たちにバリバリにされても、修繕をしながら生涯大切に使って、そのあとは息子のところへ行くのでしょうね。張り替えを終えて家に戻ってきたユトレヒトを見たとき、ふとそんなことが頭をよぎりました」

石井佳苗 Kanae Ishii

アパレル業界を経て、カッシーナ・イクスシーに10年間勤務。店舗店長や雑貨コーディネイトの外部講師などの経験を積み、インテリアスタイリストとして独立。インテリアだけでなく、衣食住のライフスタイルを中心に暮らしまわりのスタイリングも得意とする。雑誌、書籍、広告、企業とのコラボレーションで商品開発を手がけるなど多岐に渡って活躍。 数年に一度開催されるPOP UP SHOP『DAILY LIFE』、オンラインのインテリア講座『Heima Home Design Lesson』も大人気。

公式インスタグラム:@kanaeishii_lc