MASTERPIECE IN DAILY LIFE

1927年にイタリアで創業し、モダンデザインの代名詞となる家具を数多く創造してきたカッシーナ。
中でも往年の巨匠たちによる歴史的名作を集めたのが「イ・マエストリ・コレクション」です。
時代を超えて愛されるデザインは、その背景に豊かな思想や物語があります。
日常の空間にあることでいっそう輝きを増す、そんなマスターピースをご紹介します。

vol.2WILLOW,1ウィロー,1 チェア
DESIGN : CHARLES RENNIE MACKINTOSH

WILLOW,1

未来のかたちを予言した椅子。

19世紀末に登場したアール・ヌーヴォーは、単に曲線を多用した装飾様式と思われがちだ。しかし「新しい芸術」という字義通り、この言葉には西洋の伝統と断絶した革新的な表現という意味合いがある。当時、スコットランドのグラスゴーで活躍しはじめたデザイナー、チャールズ・レニー・マッキントッシュの作風もアール・ヌーヴォーの一形態とされるが、彼の作品には幾何学的なものも多い。そして、それは同時代のどんなデザインよりもアール・ヌーヴォーと呼ぶのにふさわしい、とも言える。たとえば椅子「ウィロー,1」の純粋に構築された美しさは、現在もなお新しさを失っていない。曲線に彩られたアール・ヌーヴォーが、完全に過去の様式になってしまったのとは対照的だ。

CHARLES RENNIE MACKINTOSH(チャールズ・レニー・マッキントッシュ) マッキントッシュは1868年、産業革命で活気づいた当時のイギリス第2の都市、グラスゴーに生まれた。十代から建築事務所で働きながら、美術学校で基礎芸術を学んだ彼は、建築からインテリアや家具までを一貫して手がけるトータルデザインの手法を独自に身につける。その代表作のひとつが、1903年にグラスゴーに完成したウィロー・ティールームだった。この店は街の中心部にあり、白が基調の空間に独特のシルエットをそなえた数種類の椅子が置かれた。カッシーナが復刻している「ウィロー,1」は、店の支配人が座るひときわアイコニックな椅子で、半円筒状の背もたれに柳(ウィロー)を思わせるパターンが施され、シートの下にはメニューが収納できた。

2F ウィロー・ティールーム
2F ウィロー・ティールーム
「ウィロー,1」のシート下
「ウィロー,1」のシート下

アッシュ材を組んだ背もたれは正確な手仕事を要するもので、この点は19世紀後半にイギリスで広まったアーツ& クラフツ運動の流れを汲んでもいる。また漆黒の緻密な幾何学表現は、世紀末のヨーロッパにもたらされた日本文化の影響を指摘できるだろう。しかし「ウィロー,1」が何より強く感じさせるのは、未来に向けて新しい美意識を創造しようという明確な意志である。やがて実際に、マッキントッシュはヨーゼフ・ホフマンはじめウィーン分離派のデザイナーたちに絶大な影響を与え、それは後のモダンデザインの源流になっていった。

さらにこの椅子には、20世紀後半の抽象絵画や、現代の高層建築のイメージを重ねることもできる。マッキントッシュの家具にはそんな予言的なところがあり、こうしたシンクロニシティはこれからも起こりうるだろう。モダニズムの世紀が始まったのとほぼ同時に、最先端の工業都市だったグラスゴーのアトリエで、彼の目はその未来像を見通していたのかもしれない。

WILLOW,1