左が「MALCOM II」ソファ(W2500×D900×H720)で、右のふたつは「CAPTAIN」ソファ(W740×D780×H700)。
「MASAI」ローテーブル(φ1400×380)との組み合わせ。

過去を見つめ、未来へとつなぐ。
フィリップ・ユーレルが継承する伝統とクラフツマンシップ

フランスにおいて大きな成功を収めている家具デザイナーのひとり、フィリップ・ユーレル。ベルギーで建築とインテリアを学び、アメリカにも留学経験のあるフィリップは、“自由な創造の大切さ”を認識したことがきっかけで、「美が存在すれば、さまざまな可能性を自由に試すことができる。シンプルであることは、複雑であること以上の存在感をもつ」と考え、今日に至るまで、美しくモダンな家具を展開している。そんな「フィリップ・ユーレル」だが、ブランドのルーツは、モーリス・グージェが1911年に設立した「Fabrique de Meubles de Coulombs(通称FMC)」にある。

FMCは、主にルイ16世時代のクラシックなスタイルのベッドルームやダイニングルームをつくっていたが、モーリスの娘デニースと結婚したピエール・ユーレルが1948年に家業を引き継ぐと、モダン且つ時代に沿う生産ベースならびに組織体制を作り上げた。そして、ピエールとデニースの息子であるフィリップがFMCで働き始め、この時からダイナミックでコンテンポラリーなデザインへと変わっていったのだ。

「SYDNEY」テーブル(W1800×D1830×H745)と「SIEGFRIED」チェア(W500×D580×H800)。
テーブルは木製ラッカー塗装仕上げの脚に特徴がある。

フィリップの手がけるデザインは力強くありながらもエレガントであり、上質、技巧、卓越、といった言葉で表現されるような美しく優雅なもの。色彩師は2000以上もの塗料を組み合わせながら、細やかなニュアンスを表現し、毎年約350種類もの限定色を生み出す。色着け師はフランス産のフルグレインレザーの着色を行い、家具づくりに欠かせない木材も、主にフランスの各地方から集めたものを使い、“メイド・イン・フランス”にこだわったモノづくりをしている。また、成形からカッティング、ラッカー塗装、アッセンブル、仕上げまですべてが行われる工房では、顧客やクライアントがその全工程を見学することができるというサービスも行っている。

フランスの伝統的職人技が途絶えてしまわないよう、フィリップは敢えてそのような技巧を自身の家具デザインに取り入れるようにしている。この“クラフツマンシップ”こそが、フィリップがこれまで引き継いできた財産といえるもので、“イノベーションを生み出す伝統と、伝統を伝えるイノベーション”という、「フィリップ・ユーレル」を体現するものだ。彼にとっての家具デザインは、組み立て方とそのバランスを取る“ゲーム”のようなものであり、伝統を受け継ぎながらモダンに進化していくのである。

座面にシャークスキンを使用した「AMOS II」ベンチ(W1500×D295×H420)。脚はブロンズでできている。

そんなこだわりをもつ「フィリップ・ユーレル」は、6割以上がオーダーメイドによる受注。個人からプロフェッショナルまで幅広いクライアントをもち、その作品はパリのリュクサンブール宮殿、マセナ・ファイナンス、スイスのロンバー・オディエ、ミュンヘンのバイエリシェーホフ・ホテルやスペインのマルケス・デ・リスカル・ホテルなどでも使用されている。

シンプルかつモダンでありながら、ネオ・クラシックなデザイン。その時代を問わない「フィリップ・ユーレル」のスタイルは、世界中で大きな支持を得ている。息子のマキシムもチームに加わり、これまで製作してきたプロダクトの再評価と職人たちの教育を考えながら、ブランドを発展させていく……。「フィリップ・ユーレル」は、常に過去を見つめ、未来へつなぐ新たな道をつくりあげようとしているのだ。

左が「LICCA II」デスク(W1260×D625×H70)と「GORDON」アームチェア(W660×D610×H770)。
奥には「MINA」チェスト(W1490×D540×H740)が見える。
右は「MASAI」ネストテーブル(φ750×620)と「CHAIRMAN」ソファ(W1550×D790×H725)。

Photos: Toru Yuasa
Words: Kurumi Fukutsu
Edit: Toshiaki Ishii


フィリップ・ユーレル
PHILIPPE HUREL
フィリップ・ユーレルは、フランスで大きな成功を収めている家具デザイナーです。ベルギーで正統的なグラフィックアートとインテリアを学んだ彼は、後のアメリカでの研修からクリエイティブな分野における自由な創造の大切さを認識。これがフィリップ・ユーレルブランドの生まれるきっかけとなりました。

> フィリップ・ユーレル
▲ PAGE TOP